日本ロッシーニ協会メールマガジン「ガゼッタ」や月刊誌『レコード芸術』で紹介したオペラのお薦めCD, DVD, BDを、年次別に厳選して紹介します。著作権は水谷彰良に帰属し、無断転載を禁じます。事前に当サイトのお問合せフォームからご連絡ください。
2020年発売のお薦めディスク 水谷彰良
《ラ・チェネレントラ》 2016年1月22日ローマ歌劇場上演映像 日本語字幕付き
エンマ・ダンテ演出、アレホ・ペレス指揮ローマ歌劇場管弦楽団&合唱団 セレーナ・マルフィ(Ms/アンジェリーナ)、フアン・フランシスコ・ガテル(T/ドン・ラミーロ)、アレッサンドロ・コルベッリ(Br/ドン・マニーフィコ)、ヴィート・プリアンテ(Br/ダンディーニ)、ダミアーナ・ミッツィ(S/クロリンダ)、アンヌンツィアータ・ヴェストリ(S/テイズベ)、ウーゴ・グァリアルド(B/アリドーロ)
収録:2016年1月22日ローマ歌劇場 キングインターナショナル KKC 9534 [DVD2枚組], 9533 [BD] 日本語字幕付き
これは2016年1月22日、ローマ歌劇場で行われた《チェネレントラ》公演初日のライヴ収録の国内盤です(輸入盤はC majorから発売済み)。ブックレットには筆者が執筆した解説、あらすじ、出演者プロフィールが掲載されています。演出はパレルモ生まれの女優、脚本家、映画監督のエンマ・ダンテ。序曲の間に幕が上がるとアンジェリーナと背中にゼンマイのついた機械仕掛けの分身が5体現れます。衣装や髪型はポップ・シュルレアリスムの生みの親マーク・ライデンのイラストやアートを彷彿とさせ、愛らしさと残酷さの混在に夢や現実を反映させ、王子ラミーロも5体の機械仕掛けの分身を伴います。その解釈はブックレットに記したので割愛しますが、なかなか見ごたえのある舞台だと思います。アレホ・ペレス指揮ローマ歌劇場管弦楽団&合唱団はアンサンブルに乱れを生じますが、歌手たちのレヴェルは高く、総じて水準の高い演奏です。
ブックレットに書きませんでしたが、セレーナ・マルフィがチェチーリア・バルトリにそっくりなメイクや歌い方であることも驚きます。日本語字幕付きの海外盤の発売が先行しましたが、未購入の方は国内盤をお求めください。
(「ガゼッタ」第222号より)
《マティルデ・ディ・シャブラン》 2019年7月ヴィルトバートのロッシーニ音楽祭ライヴ
(初演版の世界初録音)
ホセ・ミゲル・ペレス=シエラ指揮パッショナルト管弦楽団、グレツキ室内合唱団 ミケーレ・アンジェリーニ(T/コッラディーノ)、サラ・ブランチ(S/マティルデ)、ツォン・シ(B/ライモンド)、ヴィクトリア・ヤロヴァヤ(A/エドアルド)、エンマヌエル・フランコ(Br/アリプランド)、ジューリオ・マストロトータロ(Br/イジドーロ)、ラミア・ブーク(Ms/アルコ伯爵夫人)他
録音:2019年7月バート・ヴィルトバート Naxos 8.660492-94 (CD3枚組)
ロッシーニの歌劇《マティルデ・ディ・シャブラン》の批判校訂版によるナポリ稿の復活上演は1996年8月13日、ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル(ROF)で行われました。このときコッラディーノでROFデビューした23歳のフアン・ディエゴ・フローレスは、以後8年ごとのROF再演(2004年と2012年)を主演し、2012年の上演映像も発売されていますので皆さんよくご存じでしょう(DeccaのBDとDVD2枚組)。でもROF上演は1821年2月24日のローマ初演版ではなく、同年11月にナポリで行われた「ナポリ稿」による上演で、イジドーロ役のテキストがナポリ方言に書き直されているだけでなく、楽曲の差し替えも少なからずあります。これとは別に、翌1822年にヴィーンを訪問したロッシーニが改訂したヴィーン版もあります。それゆえヴィルトバートのロッシーニ音楽祭は、1998年7月にヴィーン版の復活上演を行いました(但し、完全なヴィーン版ではありません)。今回発売されたのは2019年7月に行った初演版の復活上演の録音で、ディスクにも「世界初録音」と明記されています。
ペレス=シエラ指揮のパッショナルト管弦楽団は初聴きですが、各パートの技術と合奏水準の高さが随所に聴き取れます。歌手はROFにも出演したヴィクトリア・ヤロヴァヤを含めて水準の高いロッシーニ歌手を揃えています。とはいえコッラディーノ役のミケーレ・アンジェリーニは第一声や声の魅力はいま一つで、フローレスの記憶が残る方にはやや不満かも。イジドーロ役のマストロトータロも立派な声ですが、ナポリ方言ではないので滑稽さが後退した印象です。とはいえ初演版の復活は学問的見地でも有益ですから、皆さんにお薦めです。 (「ガゼッタ」第237号より)
《モイーズ》2018年7月ヴィルトバートのロッシーニ音楽祭
ファブリーツィオ・マリーア・カルミナーティ指揮ヴィルトゥオージ・ブルネンシス, グレツキ室内合唱団
アレクセイ・ビルクス(B/モイーズ), ルーカ・ダッラーミコ(B/ファラオン), ランドール・ビルズ(T/アメノフィス), パトリック・カボンゴ(T/エリエゼル), バウルジャン・アンデルジャノフ(B/オジリド&神秘の声), シュー・シャン(T/オフィド), シルヴィア・ダッラ・ベネッタ(S/シナイド), エリーザ・バルボ(S/アナイ), アルバーヌ・カレール(Ms/マリー)
録音:2018年7月バート・ヴィルトバート Naxos 8660473 (CD3枚組)
旧作《エジプトのモゼ》をパリ・オペラ座の求めでフランス語テキストに改作した《モイーズ》は、四旬節の上演を前提にしたオラトリオ風のオペラ。台本作家ルイージ・バローキとエティエンヌ・ド・ジュイはロッシーニの求めで原作の第1幕冒頭を第2幕の冒頭に移すなど構成を大幅に変え、バレエも加えて別作品とした。物語は旧約聖書「出エジプト記」のモーセがヘブライ人を解放して逃れるエピソードを軸に、《エジプトのモゼ》に無かったモーセが神から十戒を授かる奇跡を第1幕に加え、1827年3月26日に行われた初演も大成功を収めた。その際《モイーズとファラオン、または紅海横断》の題名で台本が出版されたが、史料研究の結果、現在は当盤の《モイーズ》が正式題名と認定されている。
舞台は紀元前13世紀、メンフィスに近いミディアの地。エジプトの虜囚となったヘブライ人の解放を求めるモイーズは神から十戒の石板を授かるが、ファラオンが解放の約束を反故にすると大地を暗闇で覆い尽くした。モイーズはファラオンの願いで太陽を元に戻し、帰郷を許される。そして紅海を前にした一行は、モイーズの祈りで海が割れて対岸に辿り着き、追手のファラオンとエジプト軍は荒れ狂う海に呑み込まれる。
これは2018年7月ヴィルトバートのロッシーニ音楽祭のライヴ録音。女性歌手が健闘し、アメノフィ役ビルズとファラオン役ダッラーミコも曲芸的な歌の変奏に挑戦する。残念なのはモイーズ役アレクセイ・ビルクスの不調で、音程に問題がある。カルミナ―ティ指揮の管弦楽と合唱もときに乱れを生じるが、時代の先端を行くオーケストレイションの素晴らしさは随所に聴き取れる。本家ペーザロのフェスティヴァルに比して格下の感は否めないけれど、ここまでできれば褒めてあげたい。ロッシーニは初演直前に最後の賛歌をカットし、紅海横断とエジプト軍を呑み込む海が静けさを取り戻すまでを管弦楽で表して劇を終えたが、この上演もそれを踏襲したが、CDには別録した賛歌を末尾に収めている。ドラマトゥルギーの観点でどちらの締め括りが優れているか、ご自身の耳で判断されたい。 (『レコード芸術』2020年10月号より一部修正)
《ゼルミーラ》2018年7月ヴィルトバートのロッシーニ音楽祭
ジャンルイージ・ジェルメッティ指揮ヴィルトゥオージ・ブルネンシス, クラクフ・グレツキ室内cho. シルヴィア・ダッラ・ベネッタ(S/ゼルミーラ), マリーナ・コンパラート(Ms/エンマ), メルト・スング(T/イーロ), ジョシュア・スチュアート(T/アンテーノレ), フェデリーコ・サッキ(B/ポリドーロ), ルーカ・ダッラミーコ(B/レウチッポ)ほか
録音:2018年7月バート・ヴィルトバート Naxos 8660468-70 (CD3枚組)
↑ ディスク表示とリリース情報の2017年は間違い。
1822年にナポリのサン・カルロ劇場で初演されたロッシーニ最後の改革的オペラ。台本はアンドレーア・レオーネ・トットラがドルモン・ド・ベロイのフランス悲劇を基に作成した。古代レスボス島を舞台とする物語は、ミティレーネの王子アンテーノレがレスボスの支配者となるべく王女ゼルミーラをポリドーロ王殺しの犯人に仕立てようとする。ゼルミーラが地下墓所に父ポリドーロを匿っているのを知らぬ夫イーロは凱旋し、妻を王殺しの犯人と教えられ、アンテーノレの戴冠式で自分を襲った犯人も妻であると誤解する。だがイーロは王と再会して妻への誤解を解き、兵を率いてゼルミーラとポリドーロを救出する。
これは2018年[ディスクとリリース情報の17年は誤り]7月、ヴィルトバートのロッシーニ音楽祭上演のライヴ録音。初演版ではなくウィーン再演におけるエンマの追加アリア、1826年パリ初演版ゼルミーラの追加アリアとフィナーレ改訂を含み、全2幕で175分となっている。タイプの異なる2人の技巧的テノールが不可欠な作品で、ハイDの高音を記譜されたイーロ役を歌うトルコ人メルト・スング、ハイCを記譜されたバリテノーレのアンテーノレ役を歌うアメリカ人ジョシュア・スチュアートが力強い発声で果敢にアリアと重唱を歌う。
2人の女性主役はどちらも出色。ゼルミーラ役のシルヴィア・ダッラ・ベネッタは広い音域を駆使し、第2幕五重唱の途中で始まる追加アリア(新たなカンタービレ部と《エルミオーネ》グラン・シェーナで構成。CD3 [15]-[17]) とアリア・フィナーレに華麗な歌唱を繰り広げ、エンマ役マリーナ・コンパラートも芳醇な低声と卓抜な技巧を聴かせる。主役4人のアクロバティックなアジリタも目覚ましく、ジェルメッティ指揮のオーケストラ、バンダ、合唱団も総じて水準が高く迫力がある。とはいえ同じヴァージョンによる2009年ロッシーニ音楽祭の上演映像に比して聴き劣りするのはやむを得ない。録音も音がくすんだ印象があるけれど、そうした点を割り引いてロッシーニ・ファンにお薦めしたい。
(『レコード芸術』2020年3月号より)
2019年発売のお薦めディスク 水谷彰良
《リッチャルドとゾライデ》2018年8月ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル
演出:マーシャル・ピンコスキ、指揮:ジャコモ・サグリパンティ、管弦楽:RAI国立交響楽団、合唱:ヴェンティーディオ・バッソ劇場合唱団 アゴランテ:セルゲイ・ロマノフスキー、ゾライデ:プリティ・イェンデ、リッチャルド:フアン・ディエゴ・フローレス、イルカーノ:ニコラ・ウリヴィエーリ、ゾミーラ:ヴィクトリア・ヤロヴァヤ、エルネスト:シャビエル・アンドゥアガほか 収録:2018年8月ペーザロ、ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル(ライヴ)
C-Major 752608 (DVD2枚組), 752704 (BD) キングインターナショナルKKC-9484 (BD), 9485/6 (DVD2枚組) 日本語字幕付き
これはロッシーニ没後150年の2018年8月、ペーザロのROF(ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル) における新演出上演を収録。演出家マーシャル・ピンコスキは作品の背後にあるオリエンタリズム(東洋趣味)に着目、時と場所を18世紀末のオスマン帝国に移し、カラフルな民族衣装とフランス宮廷風ドレスを採り入れ、古典的振付のバレエも用いて文化の交差と差異を強調する。
ROFにおける22年ぶりの上演とあって、最高のキャストが組まれている。バリトン的な声質のバリテノーレのために書かれたアゴランテ役を務めるセルゲイ・ロマノフスキーは、2オクターヴと3度に及ぶ登場カヴァティーナを力強い発声で見事に歌いきる。リッチャルド役のフアン・ディエゴ・フローレスは明るく輝かしい高音を駆使し、とりわけハイCが16回記譜されたカヴァティーナのカバレッタで気迫に富む歌唱を繰り広げる。大使エルネスト役のシャビエル・アンドゥアガは23歳の新人ながら、陰影に富む豊麗な響きで未来の大スターを予感させる。
ゾライデ役に抜擢されたのが、南アフリカ出身の新進気鋭のソプラノ、プリティ・イェンデ。純度の高い天上的な美を湛えた歌声が素晴らしく、超絶華麗な第2幕グラン・シェーナも圧巻。ゾミーラ役のヴィクトリア・ヤロヴァヤは完璧なアジリタが目覚ましく、イルカーノ役のニコラ・ウリヴィエーリもベテランの持ち味を活かして好演。
これを支えるのが若き指揮者ジャコモ・サグリパンティだ。RAI国立交響楽団から色彩豊かで起伏に富む音楽を導き、歌の伴奏における音色と音量のコントロールも絶妙である。歌手たちの圧倒的力量も相まって、本作の真価を余すところなく開示した名演として長く記憶されるに違いない。 (ブックレットの拙稿より抜粋)