「ガゼッタ」第40号、第97号、第106号、第118号、第145号に掲載した図版より
メールマガジン「ガゼッタ」について
日本ロッシーニ協会メールマガジン「ガゼッタ」は、協会ホームページのリニューアルに伴い管理者となった音喜多晶子さんの提案により、2012年9月7日に創刊しました。水谷彰良が執筆し、月平均3回のペースで配信を続けましたが、管理者・音喜多さんの退任で2016年12月3日第154号をもっていったん停止しました(ここまで4年3か月=51カ月間に154号達成)。2カ月間の中断を経て、新管理者に長澤直子さんを得て2017年2月11日に再開しましたが同年末の退任で中断しました。その後、水谷彰良が管理者として2018年3月7日に配信を再開しました。
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メールマガジン「ガゼッタ」バックナンバー
「ガゼッタ」2012年9月7日の創刊号から2017年12月末の第169号までのバックナンバーを、5号ずつ
「まとめ」として当サイトに掲載します(PDF)。前記の理由で第154号(2016年12月3日)までが
第一期の「まとめ」となり、再開後は第169号が2017年最後のメルマガとなります。
新規掲載のPDF原稿(2017年9月より)
2017年 9月8日 ──「ガゼッタ」まとめ (29) (30) (31) (32)
12月31日 ──「ガゼッタ」まとめ (33) (34)
2018年7月12日 ──「ガゼッタ」まとめ (35)
9月17日 ──「ガゼッタ」まとめ (36)
2019年9月27日 ──「ガゼッタ」まとめ (37) (38) (39) (40) (41)
2020年9月22日 ──「ガゼッタ」まとめ (42) (43) (44) (45) New !
「ガゼッタ」のまとめ 2012年9月7日の創刊号より
001-005 006-010 011-015 016-020 021-025 026-030 031-035
036-040 041-045 046-050 051-055 056-060 061-065 066-070
071-075 076-080 081-085 086-090 091-095 096-100
101-105 106-110 111-115 116-120 121-125 126-130 131-135
136-140 141-145 146-150 151-154 ── 管理者の退任により、2か月間中断 ──
155-160 161-165 166-169 ← 第169号が2017年最後のメルマガとなります。以下 2018年。
170-175 176-180 181-185 186-190 ←189号から2019年 191-195 196-200
201-205 206-210 New ! 211-215 ←215号から2020年 New ! 216-220 New ! 221-225 New !
メールマガジン「ガゼッタ」のサンプル (2017年9月7日配信の第164号より)
◎《コリントスの包囲》(アドリアティック・アレーナ。8月13、16、19日観劇)
筆者の席は平土間1列目ど真ん中(指揮者の斜め右後ろ)。最初に登場したロベルト・アッバードが右腕を固定しているのに驚きました。怪我ではなく、上腕骨外側上顆炎(別名:テニス肘)とのこと。右手は指が動くだけ。左手だけの指揮はさぞ不自由と思いますが、素晴らしい序曲の演奏に圧倒されました。演出は、序曲の間に背後にバイロンの長編詩『コリントの包囲』(1816年)のテキストを映写し、大きなペットボトル…たぶん容量20リットル。但し中身の水は2リットル程度…を担いで客席側から現れる合唱団と助演によりすでに始まっています。2011年ROF《エジプトのモゼ》ヴィック演出さながらの開始で、衣裳の趣味の悪さに嫌な予感がしました。
正直なにがなんだか解らない。その後舞台に積み上げられた1000本以上のペットボトルが「壁」となり、オスマン軍に包囲されるコリントスの内と外を隔てているようです。演出意図は後述しますが、第2幕の背後に映写された泥の映像も含め、全体に悪趣味かつ意味不明な印象で、バレエも最後に喧嘩沙汰を見せるだけ。音楽が素晴らしいのに何てことするんじゃ!と腹が立ちました。
管弦楽は今年から採用されたRAI国立交響楽団、合唱団も新規採用の100人を超えるヴェンディーディオ・バッソ劇場合唱団(マルケ州の合唱団でマチェラータ音楽祭にも出演)。どちらもアッバードの指揮で引き締まった演奏を繰り広げ、昨年までのボローニャ歌劇場管弦楽団&合唱を凌ぎます。
歌手も総じて素晴らしい出来。マオメ2世のルカ・ピサロニ(ベネズエラ生。イタリア育ちでルーカ・ピザローニとも)は堂々たる体躯と高貴な声質を具え、パミラ役のニーノ・マチャイゼ(トビリシ生)も独特な表情とドラマティックな歌唱が際立ちました。ネオクレス役のロシア人セルゲイ・ロマノフスキーもなかなかいいテノールで新発見。脇役では、昨年の若者公演《ランスへの旅》で筆者が絶賛した新人テノールのシャビエル・アンドゥアガが実にいい声です。これに対し、クレオメーヌ役のアメリカ人ジョン・アーヴィンはひょろ長い身長と癖のある声で役に相応しいとは思えず、イズメーヌ役のチェチーリア・モリナーリもあと一歩の感がありました。
3回観劇しましたが、1回目は特殊な演出に目を奪われて耳がおろそかに。個人的には最終日が一番安定していたように思います…2回目は第2幕のレシタティフで歌手の一人が歌詞を忘れ、一瞬の間を生じました。ROFはプロンプターを使わないので、稀にこうしたことがあります。なお、今回の上演でダミアン・コラス校訂の新クリティカル・エディションが初めて使われました。パリ・オペラ座に現存する演奏素材をすべて調べ、初演時に演奏されなかったバレエ音楽や初演後に追加された音楽を20分ほど追加したとのこと。
さて、問題はスペインの鬼才カルルス・パドリッサ率いる前衛演劇集団ラ・フラ・デルス・バウスによる演出です。そのコンセプトは人間の歴史に絶えることない戦争にあり、宗教や民主主義は建前にすぎぬ、黄金と石油を争奪する時代が終わり、今後人類は命の根源をなす「水」を求めて殺し合うだろう…というもの。舞台を「死」と「生」…言うまでもなく水は生のシンボル…の場に変換し、ギリシア人とトルコ人の区別も判然としません。
そもそも《コリントスの包囲》は当時現実に進行するギリシア独立戦争に対するオスマン帝国の弾圧という時局的テーマを扱った作品です。それを核戦争後に生き残った人間が水や食料を求めてサバイバルの戦いを続けるSF的未来にするのはいかがなものか! 今回も会期中にバルセロナでテロ事件が起き、最終日にはテロの犠牲者に本日の公演を捧げる旨の演出家のメッセージがアナウンスされました。《コリントスの包囲》が同時代の戦争とリンクした特異な作品であることを考えれば、現代の危機的状況と重ねるべきではなかったか、というのが筆者の意見です。
さらにケチをつけるなら、大きなプラカードで示された死体(?)の数々は、かつてスペイン人が支配地域で行った先住民の虐殺を想起させました。第2幕でパミラにタトゥーを強制し、支配者側に組み込もうとする見せ方も疑問です。そもそもオスマン帝国はそんなことをしませんし、バイロンのテキストの映写も含め、歴史のごった煮に水戦争に持ち込んでどうするんだ、と思いました。最後にパミラがマオメ2世に接吻し、自害して倒れますが、マオメはリアクション無し。炎上するコリントスの町を音画的に管弦楽が表す部分でペットボトルの壁を崩す幕切れも、最初はあっと驚きましたが、3回目はちょっと意地悪く崩す仕掛けを観察していました。驚きはあっても感動や衝撃の余韻がない、そこがヴィック演出《エジプトのモゼ》との違いですね。
ちなみに第1幕でペットボトルの水を煙の出ている穴に注ぐ意味が判らずレート・ミュラーに尋ねたら、「あれで《試金石》のプールに水を貯めているのさ」と絶妙な返しをされ、爆笑しました。筆者も知人に、「あの大きなペットボトル、焼酎『大五郎』の4リットルボトルかと思った」と言って笑いました。衣装の趣味の悪さに誰もが呆れていました。演出意図とは別に突っ込みどころの多い《コリントスの包囲》。これにコリント(懲りんと)また見てね、とのダジャレで締めました。 (水谷彰良)