2022年8月9日(火)大阪国際フェスティバルにてロッシーニの歌劇《泥棒かささぎ》が関西初演されます。2021年6月5日に予定した同公演の振り替え公演です。これを記念して特設ページを設けました(資料と文責:水谷彰良)。
次の項目をページ内に掲載しています──「ロッシーニ《泥棒かささぎ》早わかり」「お薦めディスク(CD、DVD/BD)」「ユーチューブで見るお薦め上演映像」「《泥棒かささぎ》作品解説」「《泥棒かささぎ》の音楽を用いた作品(ショパンとアルカン)」「《泥棒かささぎ》最初期のエディション(水谷彰良コレクションより)」「図像資料(自筆楽譜、初版台本ほか)」
公演の詳細は、朝日新聞文化財団のサイトからご覧ください → https://www.asahizaidan.or.jp/festival/2018-2027/lineup-2022/
ロッシーニ《泥棒かささぎ》早わかり
ロッシーニは20歳で作曲した『試金石』で脚光を浴び、『セビリアの理髪師』を23歳で発表した早熟の天才です。1810~29年の20年間に39のオペラを完成し、うち34作はベートーヴェンの交響曲第6番と第9番の間に初演されました。1822年のウィーン訪問で大旋風を巻き起こし、今年3月24~26日にはその200年を記念して国際シンポジウム「ウィーンのロッシーニ」がウィーン国立音楽大学で開催されます。
パリ・オペラ座で初演した『ウィリアム・テル[ギヨーム・テル]』を最後に37歳の若さでオペラの筆を折ったロッシーニは美食家としても名を馳せ、料理の創作にも力を注ぎました。日本のクリスマス・ディナーの定番となった牛フィレ肉の上にフォアグラとトリュフの薄切りをのせる「ロッシーニ風ステーキ」も彼の創作です。こうした話は伝説と思われがちですが、近年パリで「トリュフと栗(マロン)を詰めた七面鳥」の自筆レシピが発見されました。けれども引退後にレストランを開いた事実はなく、私邸で催した美食の晩餐会がそうした誤解を招いたのでしょう。
1817年に25歳で作曲した『泥棒かささぎ』は、オペラ・ブッファ(楽しい歌劇)とオペラ・セリア(シリアスな歌劇)の中間的ジャンルの作品です。銀のスプーンを盗んだ疑いで死刑を宣告された小間使いが刑の執行直前に鳥(かささぎ)の仕業と分かって救われる物語から、ベートーヴェン『フィデリオ』と同じ「救出劇」に属します。
序曲は誰もがどこかで耳にした名曲。明るくリズミカルな音楽と華やかな合唱で劇の幕を開け、ソリストが装飾豊かに歌うのはロッシーニの歌劇の特色です。けれどもこの作品にはヒロインのニネッタに言い寄る好色な代官や、脱走兵として追われる父フェルナンドも登場し、サスペンスの様相を呈します。父をかばい、無実のまま死刑を受け入れようとするニネッタの姿には誰もが同情するでしょう。とりわけ第2幕の裁判の場と処刑台への行進が感動的で、ハッピーエンドを迎えるまでスリリングな展開が続きます。2017年にミラノ・スカラ座が行った初演200年記念公演も大成功を収めました。 (水谷彰良)
(2022年3月13日[日]の朝日新聞朝刊の大阪本社版に掲載された第60回大阪国際フェスティバル2022 特集記事の拙稿の原文。
文字数の関係で掲載前に削除された部分を含みます)
新聞の掲載面は、大阪国際フェスティバルの公式サイトでご覧いただけます。
https://www.blog-osakafes.com/report/20220323-1197/
お薦めディスク(CD、DVD/BD)
1989年8月ロッシーニ音楽祭上演のライヴ録音
ジャンルイージ・ジェルメッティ指揮RAIトリノ交響楽団、プラハ・フィルハーモニー合唱団 カーティア・リッチャレッリ(S/ニネッタ)、ベルナデッテ・マンカ・ディ・ニッサ(Ms/ピッポ)、ウィリアム・マッテウッツィ(T/ジャンネット)、フェルッチョ・フルラネット(B/フェルナンド)、サミュエル・レイミー(B/代官) 他
録音:1989年8月ペーザロ Sony CSCR 8232-4 (CD3枚組 日本語対訳付き国内盤[廃盤])
Sony Classical S3K45850 (CD3枚組 輸入盤[廃盤])
ロッシーニ音楽祭10周年の1989年8月に行われた上演のライヴ録音。ロッシーニ復興の第一世代として活躍したカーティア・リッチャレッリをヒロインにロッシーニ・テノールの草分けウィリアム・マッテウッツィも出演し、フルラネットやレイミーもベルカントのバスとして高度な技術を駆使する。指揮者ジャンルイージ・ジェルメッティによる起伏に富む演奏も聴きどころで、現在は廃盤でも歴史的名演としてあげたい。
2009年7月ヴィルトバートのロッシーニ音楽祭上演の録音
アルベルト・ゼッダ指揮ヴィルトゥオージ・ブルネンシス、クラシカ室内合唱団 マリア・ホセ・モレノ(S/ニネッタ)、マリアーナ・レヴェルスキ(Ms/ピッポ)、ケネス・ターヴァー(T/ジャンネット)、ブルーノ・プラティコ(B/フェルナンド)、ロレンツォ・レガッツォ(B/代官) 他
録音:2009年7月ヴィルトバート Naxos 8.660369-71 (CD3枚組) 輸入盤
2009年7月ヴィルトバートのロッシーニ音楽祭上演のライヴ録音。クリティカル・エディションの校訂者でもある指揮者アルベルト・ゼッダが絶妙なテンポで牽引し、オーケストラと合唱団も溌剌とした演奏を繰り広げる。キャストは若手中心でも充実し、代官役レガッツォの精妙な表現とアジリタの技術、ニネッタ役モレノの感情豊かな歌唱に聴き応えがある。
2007年8月、ロッシーニ音楽祭上演映像
ダミアーノ・ミキエレット演出、リュウ・ジャ指揮ボルツァーノ&トレント・ハイドン管弦楽団、プラハ室内合唱団 マリオラ・カンタレロ(S/ニネッタ)、マヌエラ・クステル(Ms/ピッポ)、ディミトリ・コルチャック(T/ジャンネット)、アレックス・エスポージト(Br/フェルナンド)、ミケーレ・ペルトゥージ(B/代官) 他
収録:2007年8月ペーザロ
キングインターナショナル KKC 9004(国内版DVD、日本語字幕付[廃盤])
Dynamic 55567 (BD)、33567 (DVD2枚組) 輸入盤 (日本語字幕無し)
2007年8月、ペーザロのロッシーニ音楽祭(ロッシーニ・オペラ・フェスティバル)上演のライヴ収録。序曲の間に眠れぬ少女が円筒を立てるまじないをして床につき、夢の中でかささぎになってドラマを見守るという奇抜な舞台は高く評価され、演出家ダミアーノ・ミキエレットがアッビアーティ賞を受賞した。狂言回しの少女(かささぎ)を演じるダンサー、サンディア・ナガラジャのアクロバットと巧みな表情が素晴らしく、歌手は代官役のペルトゥージの間抜けな悪人ぶり、ニネッタ役カンタレロの美声と豊かな表情、フェルナンド役エスポージトのシリアスな演技、ジャンネット役コルチャックの瑞々しい歌声など、見どころ聴きどころ満載の名演である。
ユ-チューブで見るお薦め上演映像
1989年8月ロッシーニ音楽祭上演
1989年8月ロッシーニ音楽祭の上演をRAIがテレビ放送用に収録・放送したもの(キャストは別記CD参照)。若き日のアルベルト・ゼッダ先生がインタビューに答える形で作品について語っているところも見どころです。
演出はミヒャエル・ハンペ(Michael Hampe)。筆者は現地で観劇し、感銘を受けました。
2007年8月、ロッシーニ音楽祭上演映像
ダミアーノ・ミキエレット演出、リュウ・ジャ指揮ボルツァーノ&トレント・ハイドン管弦楽団、プラハ室内合唱団 マリオラ・カンタレロ(S/ニネッタ)、マヌエラ・クステル(Ms/ピッポ)、ディミトリ・コルチャック(T/ジャンネット)、アレックス・エスポージト(Br/フェルナンド)、ミケーレ・ペルトゥージ(B/代官) ほか。2007年8月、ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルで行なわれた新演出の上演映像。特色については前記DVDの説明をご覧ください。
2017年4月、ミラノ・スカラ座における初演200年上演映像
ガブリエーレ・サルヴァトーレス、指揮:リッカルド・シャイー ミラノ・スカラ座管弦楽団&同合唱団。ニネッタ:ローザ・フェオーラ、ピッポ:セレーナ・マルフィ、ルチーア:テレーザ・イエルヴォリーノ、ファブリーツィオ:パオロ・ボルドーニャ、ジャンネット:エドガルド・ロチャ、フェルナンド:アレックス・エスポージト、代官:ミケーレ・ペルトゥージ、エルネスト:マルコ・ミミカ。
ミラノ・スカラ座における初演200年を記念した上演で、個人的には一押しです。
2009年7月ヴィルトバートのロッシーニ音楽祭 資料映像
これはオマケです。2009年ヴィルトバートの音楽祭では別記アルベルト・ゼッダ指揮のCD制作のための公開演奏が7月2日に行われ、上演そのものは7月9日、園田隆一郎さんの指揮で別キャストによって行われました(演出:アンケ・ラウトマンAnke Rauthmann)。これは後者の上演の収録で、キャストはファブリツィオ役のジューリオ・マストロトータロ以外はCDと異なり、ニネッタ役をサンドラ・パストラーナが務めています。
《泥棒かささぎ》作品解説
大阪国際フェスティバル公演のプログラムより。公式ブログに掲載済み→ https://www.blog-osakafes.com/report/20210409-853/
ハッピーエンドをもつ悲劇──ロッシーニ《泥棒かささぎ》
水谷彰良(日本ロッシーニ協会会長)
ジョアキーノ・ロッシーニ(1792-1868)は、デビュー作《結婚手形》(1810年)から37歳で初演した《ギヨーム・テル》(1829年)まで20年間に39の歌劇を作曲した。オペラ・セリア《オテッロ》とオペラ・ブッファ《チェネレントラ》に続く《泥棒かささぎ》は21作目に該当し、冤罪で死刑判決を受けた主人公が最後に救われる筋書きからセミセリアの救出劇と位置付けられる。台本はルイ=シャルル・ケーニエとテオドル・ボドゥワン・ドービニ共作《泥棒かささぎ、またはパレゾーの女中》(1815年パリ初演の歴史的メロドラム)を下敷きに、1815年までイタリア王国の官報『イタリア新聞』の主幹を務めたジョヴァンニ・ゲラルディーニ(1778-1861)が作成した。
原作劇はパリ近郊パレゾーを舞台に、盗みの疑いで小間使いが処刑された後に鳥の巣で銀食器が発見されて無実と判り、同地の教会がその死を悼んで“かささぎのミサ”を行うという史実──現在は民間伝承とされる──に基づいて作られ、ゲラルディーニはこれを翻案して《裁判官たちへの警告》と題し、1816年のミラノ・スカラ座オペラ台本コンクールに応募していた。その作劇がアリアと重唱で劇を進める従来型のオペラとは異なるアンサンブル中心であるのは、「現代の趣味に即してアリアよりもコンチェルタートを豊富にする」「斬新さとスペクタクルの壮麗さを結び付ける」といったコンクールの要綱に沿った選択である。ゲラルディーニの台本は落選したが、スカラ座から新作を求められて1817年3月にミラノ入りしたロッシーニは事前に用意されたコミカルな台本をしりぞけ、「最高に美しい題材」の《泥棒かささぎ》を選び(母宛の手紙、3月19日付)、序曲と16曲からなる3時間の大作を2カ月半で完成した(レチタティーヴォ・セッコのみ不詳の協力者が作曲)。
デズデーモナの殺害とオテッロの自害を舞台で描く《オテッロ》(1816年12月4日ナポリ初演)、みじめな境遇の娘が善良な心で王妃となるシンデレラ物語《チェネレントラ》(1817年1月25日ローマ初演)により新境地を拓いたロッシーニは、一羽の鳥(かささぎ)が鍵となって処刑が回避される直前までシリアスであり続ける物語に新たな表現可能性を見出した。超絶技巧のアリアや滑稽シーンなしに観客の関心を持続させる劇と音楽の高次の統合がそれで、軽快な旋律やリズミカルな音楽を用いてもドラマとの間に齟齬はなく、感情を際立たせる工夫をしている。浮き立つ付点音符の音楽を基調とする第1幕フィナーレの中でイザッコの証言にショックを受けたジャンネットがニネッタに「きみが犯人なのか」と問い、高い変ロ音から下降しながら「潔白を信じていたのに」と歌う短調の旋律もその一つで、誰もが瞬時に胸を打たれるだろう。
愛する人の誤解や死刑を宣告されて狂乱するロマン派のヒロインとは異なり、脱走兵となった父をかばうニネッタは寡黙を貫き、悲嘆のアリアで観客に心情を吐露することもない。そんな可憐な姿に優しく寄り添うロッシーニは、十字架の形見をピッポに渡す二重唱の中間部を美しいハーモニーで彩り、カバレッタに序曲のアレグロを用いて音楽に秘められた劇的真実を明らかにする。歌詞や劇的状況と音楽の結びつきは字幕からご理解いただけるとしても、ロッシーニが感情を抽象的な観念に高めて示し、歌手が自由な装飾や変奏でその意味を強めることは覚えておく必要がある。
1817年5月31日にスカラ座で行われた初演は大成功を収め、ロッシーニは母宛の手紙に「神々しい序曲から熱狂が始まるなんて前代未聞」「第1幕の後、ぼくはものすごい騒ぎのなか舞台に呼ばれました」「第2幕は最初の音から最後まで熱狂の連続でした」と報告した(6月3日付)。スカラ座の最初のシーズンで27回上演された本作はただちに流布し、国外でも同年11月ミュンヘンを皮切りに、4年後の1821年にはサンクト・ペテルブルク、ロンドン、パリでそれぞれの国における初演がなされた。ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバルでは1980年8月28日の記念すべきオープニングにこの作品を上演し、日本初演は2008年に藤原歌劇団が行った。ミラノ・スカラ座は2017年、リッカルド・シャイーの指揮で初演200年記念公演を行っている。
リアリズムを重視するプッチーニが同じ題材をオペラ化すれば、ニネッタをトスカや蝶々さんと同じ悲劇のヒロインにクローズアップするだろう。けれども古典派の作曲家ロッシーニはそうした描き方をせず、父の窮地が明らかになる第1幕の三重唱、第2幕牢獄の場のピッポとの二重唱、フィナーレ冒頭の処刑台への行進を通じて彼女の過酷な運命に光を当て、悲劇性を高めていく。最も感動的な音楽が合唱とニネッタのソロを伴う処刑台への行進で、長調の短い祈りも含めてショパンの葬送行進曲(ピアノ・ソナタ第2番、第3楽章)の原型となっている。周辺人物では最初にニネッタの盗みを疑いながらも徐々に心を開き、彼女を娘として迎えさせてくださいと神に祈るルチーアが重要である。それゆえ急転直下の解決に続いて各人物が旋律を変奏して歌い継ぐアンサンブルの締め括りを持ちながらも、このオペラはアルベルト・ゼッダが断言するように、裁判のシーンと葬送行進曲でクライマックスを迎えて究極の意味に達する “ハッピーエンドをもつ悲劇” なのである。コロナ禍や圧制と暴力で罪なき人々が命を奪われる現代であればこそ、本作の価値と意義はいささかも減じることがないだろう。
物語と音楽
序曲 冒頭の二つの小太鼓の連打が処刑を暗示し、壮麗な音楽とクレシェンドを採り入れたアレグロからなるシンフォニア。素材は代官のアリア、ニネッタとピッポの二重唱から採られている。
【第1幕】
第1曲 導入曲
ファブリツィオ家の中庭。召使たちが戦場から村に戻る同家の息子ジャンネットのために祝いの準備をし、かささぎにからかわれたピッポが笑い者になる。ルチーアとその夫ファブリツィオが「息子に嫁を探さねば」と話すと、かささぎが「ニネッタ」と鳴き、一同大喜びする。
─ レチタティーヴォ 小間使いのニネッタが以前銀のフォークを失したとルチーアが不満をもらすが、あの娘は父を兵隊にとられ、母を失くしてここで働いているのだから優しくしておやり、と夫に諭される。
第2曲 ニネッタのカヴァティーナ
イチゴを摘んできたニネッタが、恋人との再会に胸をときめかせて歌うアリア。父への思いも吐露しつつ、「今日ほど嬉しい日はないわ」と幸せに浸る。
─ レチタティーヴォ 息子との結婚に反対しないと話したファブリツィオは、優しくしすぎと妻に怒られる。
第3曲 イザッコのカヴァティーナ
小間物商イザッコ登場の短い歌。一つの音だけの冒頭13小節を鼻声で歌うよう指定されている。
─ レチタティーヴォ ピッポに嫌われたイザッコは、明日まで旅籠にいるとニネッタへの伝言を頼んで去る。
第4曲 合唱とジャンネットのカヴァティーナ
農民たちの歓呼に迎えられたジャンネットのアリア。ニネッタへの思いを吐露し、再会の喜びを華麗に歌い上げ、皆に祝福される。
第5曲 ピッポの乾杯
「杯を持って飲もう」とピッポが歌う乾杯の歌。木管楽器の舞曲を挟み、華やかに締め括る。
─ レチタティーヴォ 病気の伯父を心配するジャンネットが去り、ニネッタの前に父フェルナンドが現れる。
第6曲 レチタティーヴォ、ニネッタとフェルナンドの二重唱
フェルナンドは驚く娘に、軍隊で揉め事を起こして死刑を宣告され、脱走してきたと話す。続く二重唱は三つの部分からなり、4分の3拍子の中間部で父娘が心を通わせると人が来る気配がし、恐ろしい運命を嘆く切迫したカバレッタとなる。
第7曲 代官のカヴァティーナ
ニネッタを誘惑する計画を練った代官が自信満々で歌う登場のアリア。
─ レチタティーヴォ 代官が不審な男を見つけ、ニネッタはその場を取り繕うが、折悪しく脱走兵の手配書が届く。父から託された高価なスプーンを隠したニネッタは、眼鏡を持たぬ代官から手配書の代読を求められ、咄嗟に父と異なる名前と人相を読みあげる。
第8曲 シェーナと三重唱
ニネッタの言葉を信じた代官と、神に慈悲を請う父娘の三重唱。娘を口説く代官にフェルナンドの怒りが募り、対立が激化する(その間に、かささぎが部屋にあるスプーンを盗んで飛び去るのが見える)。
─ レチタティーヴォ ファブリツィオ家の1階の部屋。ニネッタはイザッコに父から預かったスプーンを売って口止めする。スプーンが1本足りないことにルチーアが気づき、代官は「盗みをした召使は死刑だ」と言って捜査を始める。
第9曲 第1幕フィナーレ
犯人探しの過程でニネッタが脱走兵の娘と判り、イザッコに売ったスプーンの代金を落として盗みの疑いをかけられる。イザッコの証言で疑念が強まり一同混乱すると兵士たちが現れ、代官がニネッタの投獄を命じる。「恐怖で身が凍る」と歌う全員のアンサンブルで閉じられる。
【第2幕】
─ レチタティーヴォ 牢獄の玄関の間。ニネッタは同情する看守アントーニオにピッポへの伝言を頼み、ジャンネットが面会に来る。
第10曲 ニネッタとジャンネットの二重唱
恋人から秘密を話すよう言われたニネッタが、「いつか潔白と分かってくれるでしょう」と言って死を覚悟する美しい二重唱。看守から代官が来ると告げられた二人は「愛しい人を返してください」と歌い、別れを告げる。
─ レチタティーヴォ 看守にニネッタを呼ぶよう命じた代官は、自由にしてあげられると言って懐柔する。
第11曲 代官のアリア
私に身を委ねれば助けると持ちかける代官のアリア。途中で審問の用意ができたと報告を受けると態度を一変させ、「拒絶すれば自業自得、情けは無用だ」と言い放つ。後半部に序曲のアレグロの音楽が聴き取れる。
─ レチタティーヴォ 絶望するニネッタはピッポと再会し、首飾りの十字架と引き換えに栗の木にお金を隠すよう頼む。
第12曲 レチタティーヴォ、ニネッタとピッポの二重唱
十字架を受け取らないピッポにニネッタは「私の形見として持っていて」と言って渡し、二人は泣きながら別れる。哀愁に富む美しい旋律の前半部、序曲のアレグロ主題で感情が高まる中間部、歌詞と旋律を共有して心を通わせる終結部からなる。
─ レチタティーヴォ ファブリツィオ家の部屋。ルチーアはニネッタが無実かもしれないと考え始める。
第13曲 シェーナとフェルナンドのアリア
フェルナンドが現われ、ルチーアからニネッタが盗みの疑いで裁判にかけられると教えられる。フェルナンドは愕然としながらも、命を賭して娘を助けようと決意する。
第14曲 レチタティーヴォ、合唱と五重唱
代官の屋敷の裁判の間。法廷でニネッタの有罪が宣言され、判事たちの厳粛な合唱が歌われる。裁判長が判決を読み上げ、斬首刑を言い渡す。傍聴人の驚きでアンサンブルとなり、ジャンネットは「彼女は秘密を隠している」と訴えるがニネッタは口を閉ざす。フェルナンドが飛び込んできて娘を救おうとするが、脱走兵として逮捕され、父娘は連行されてゆく(合唱付きのストレッタで閉じられる劇的なアンサンブル)。
─ レチタティーヴォ 村の広場。教会から出てきたルチーアは、天は不幸な娘を罰しないでしょうと願う。
第15曲 ルチーアのアリア
ニネッタを自分の娘として愛しますと歌う、優雅なカンタービレとアレグロからなる短いアリア。
─ レチタティーヴォ 栗の木にお金を隠して残金を数えるピッポに、アントーニオが判決を教える。かささぎがピッポのお金をくわえて鐘楼の方に飛び去るのを見た二人は、その後を追う。
第16曲 第2幕フィナーレ
葬送行進曲とともに刑場に向かうニネッタに農民たちが同情する。教会の前で祈ったニネッタが再び歩き始めると行進曲が高揚し、クライマックスを迎える。かささぎを追って鐘楼に来たピッポが鳥の隠した食器類を発見、鐘を叩いて村人を集め、盗みはかささぎの仕業とふれまわる。遠くに銃声を聞いたルチーアと代官はショックを受けるが、ニネッタ釈放の祝砲と分かる。大公により恩赦された父と再会したニネッタは無事を喜び、「恐怖が喜びと幸せに変わった」と一同安堵する(但し、代官だけはニネッタへの未練を捨てきれない)。
より詳細な作品解説は、こちらをご覧ください(PDF版)→ 泥棒かささぎ(La gazza ladra)解説
「ロッシーニ復興の歩み」でも《泥棒かささぎ》の上演史にふれています(PDF版)→ ロッシーニ復興の歩み
《泥棒かささぎ》の音楽を用いた作品(ショパンとアルカン)
ショパン作曲《ポロネーズ、変ロ短調》No.15 B.13、1826年
ロッシーニのオペラを愛したロマン派の作曲家の一人が、後に「ピアノの詩人」と呼ばれたショパン(Frédéric François Chopin [フレデリック・フランシスゼック・ショパンFryderyk Franciszek Szopen],1810-1849)です。彼は1825年に15歳で《セビリアの理髪師》を観劇するとただちにその主題を用いたポロネーズを作曲(楽譜消失)、翌年《泥棒かささぎ》を観劇すると《ポロネーズ、変ロ短調》を作曲してそのトリオにジャンネットのカヴァティーナ「この腕の中においで」の旋律を引用し、自筆譜に「さようなら!(泥棒かささぎのアリアによる)」と記しました(没後出版)。楽譜と共にお聴きください(カヴァティーナを引用したトリオは 1:43から)。
アルカン作曲《あるオウムの死に寄せる葬送行進曲》1859年
フランツ・リストに匹敵する超絶技巧のピアニスト、シャルル=ヴァランタン・アルカン(Charles-Valentin Alkan, 1813-1888)は、引退後の1859年に《あるオウムの死に寄せる葬送行進曲(Marcia funèbre, sulla morte d'un Pappagallo)》を作曲、同年パリのリショー社から出版されました。これは二人のソプラノ、テノール、バス、3本のオーボエとファゴットのための作品で、ロッシーニ《泥棒かささぎ》第2幕の処刑台への行進をアレンジして用いています。アルカン自身による歌詞は、「ジャコ、昼ご飯食べた?As-tu déjeuné, Jaco?」「で、何を?Et de quoi?」「ああ!Ah!」だけで、イタリア語で「詞と音楽、市民カルロ・ヴァレンティーノ・アルカン(長子)Parole e Musica del Cittadino C.V. Alkan (primogenito)」と署名しています。ペットのオウムの死を機に作曲した可能性もあり、3本のオーボエでオウムの鳴き声をグロテスクに表現し、前奏にロッシーニ《セミラーミデ》第1幕フィナーレのフレーズも聴き取れます。初版楽譜と共にお聴きください。
《泥棒かささぎ》最初期のエディション(水谷彰良コレクションより)
ロッシーニ《泥棒かささぎ》の初版楽譜は、ミラノ・スカラ座での初演から2年後の1819年にボンのジムロック社から出版されました。以下筆者コレクションから、1820~26年に出版された5種のエディションを掲げます。
ブライトコプフ&ヘルテル社、ライプツィヒ(ピアノ伴奏譜、1820年。プレート番号 3158)
Breitkopf und Härtel, Leipzig, s.d. [1820.], n.ed.3158. 2ff.+232 p
左上から、外表紙、タイトル頁、人物と楽曲、序曲、第1幕の導入曲、ジャンネットのアリア、代官のカヴァティーナ、
第1幕フィナーレ、第2幕の冒頭頁、第2幕フィナーレ
ボワエルデュー・ジュンヌ社、パリ(ピアノ伴奏譜、1820-21年。プレート番号 993)
Boieldieu jeune, Paris, s.d. [1820-1821], 2ff.+326 pp フランス初版楽譜
左から、外表紙、タイトル頁、人物と楽曲、序曲の冒頭頁、第1幕の冒頭頁
カルリ社、パリ(ピアノ伴奏譜、1821-22年。プレート番号 879 / 1446 ボニング&サザーランド旧蔵書)
Carli, Paris, s.d. [1821-22.], n.ed.879 / 1446. 4ff.+313 pp.
左上から、外表紙、ボニング&サザーランドの蔵書票、タイトル頁、ロッシーニの肖像、出版社の目録、人物と楽曲、
序曲の冒頭頁、第1幕の冒頭頁、第2幕の冒頭頁
パシーニ社、パリ(ピアノ伴奏譜、1821-22年。プレート番号 832-847)
Pacini, Paris, s.d. [1821-22], n.ed. 832-847. 2ff.+265 pp.
左から、タイトル頁、人物と楽曲、序曲の冒頭頁、第1幕の冒頭頁、第2幕の冒頭頁
ザウアー&ライデスドルフ社、ヴィーン(チェンバロ独奏用編曲、1823-26年。プレート番号 742-758)
Sauer & Leidesdorf, Vienna s.d. [1823-26], n.ed. 742-758. 1ff.+112 pp.
左から、タイトル頁、序曲の冒頭頁、第1幕の冒頭頁
図像資料(自筆楽譜、初版台本ほか)
左上から《泥棒かささぎ》序曲の自筆譜(リコルディ社アーカイヴ所蔵)、《泥棒かささぎ》初版台本のタイトル頁、ニネッタ役を初演したテレーザ・ベッロック、フェルナンド役を初演したフィリッポ・ガッリ、表紙絵をもつエディション(モーリス・シュレザンジェ社。フランス国立図書館所蔵)、19世紀のミラノ・スカラ座、《泥棒かささぎ》初演の舞台図(代官の館の裁判の間。フランス国立図書館所蔵)、ロッシーニ財団の全集版《泥棒かささぎ》とそのタイトル頁(1979年。筆者所蔵)
左上から、《泥棒かささぎ》序曲の日本初演プログラムの表紙、その曲目表(1939[昭和14]年11月8日、新交響楽団演奏会。題名は歌劇「泥棒鶫 [ツグミ] 序曲)、ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルの《泥棒かささぎ》プログラム(1980年、1981年、1989年、2007年、2015年)[すべて水谷彰良コレクション]