特設:ロッシーニ時代の作曲家と作品

 ヴァッカーイとジンガレッリの歌劇《ジュリエッタとロメーオ》

 

ロッシーニと同時代の作曲家とその作品に関する頁を新設します。最初にニコラ・ヴァッカーイの歌劇《ジュリエッタとロメーオ》とその原作に位置するニッコロ[またはニコラ]・アントーニオ・ジンガレッリの歌劇《ジュリエッタとロメーオ》を紹介しておきます。(2022年3月16日、水谷彰良)

 

 

 ヴァッカーイ:歌劇《ジュリエッタとロメーオ》 

 

2018年7月マルティーナ・フランカ、ヴァッレ・ディトリア音楽祭音楽祭上演 

チェチーリア・リゴーリオ演出、セスト・クアトリーニ指揮ミラノ・スカラ座アッカデーミア管弦楽団、ピアチェンツァ市立劇場合唱団 ジュリエッタ:レオノール・ボニッラ(S)、ロメーオ:ラッファエッラ・ルピナッチ(Ms)、アデーリア:パオレッタ・マッローク(S)、カペッリオ:レオナルド・コルテッラッツィ(T)、テバルド:ヴァーサ・スタイキッチ(Br)、ロレンツォ:クリスティアン・セン(Br)

Dynamic 37832 (DVD2枚組), 57832 (BD) 日本語字幕付き 

 

 

《ジュリエッタとロメーオ》──ヴァッカーイ作曲のロミオとジュリエット・オペラ 水谷彰良

  フェリス女学院オープンカレッジ「名作オペラを楽しむ」(2019年12月2日の講座テキストより)

 

題名 ジュリエッタとロメーオ Giulietta e Romeo 2幕の悲歌劇(tragedia per musica)

作曲 ニコラ・ヴァッカーイ(Nicola Vaccaj,1790-1848)

台本 フェリーチェ・ロマーニ(Felice Romani,1788-1865)

原作 ルイージ・シェーヴォラ(Luigi Scevola,1770-1818)の悲劇《ジュリエッタとロメーオ Giulietta e Romeo》

初演 1825年10月31日ミラーノ、カノッビアーナ劇場

登場人物

 ジュリエッタGiulietta(ソプラノ)……カペッリオの娘

 ロメーオRomeo(コントラルト[男装役])……モンテッキ家の当主

 カペッリオCapellio(テノール)……カプレーティ家の当主。ジュリエッタの父

 アデーリアAdelia(ソプラノ)……カペッリオの妻、ジュリエッタの母

 テバルドTebaldo(バス)……グエルフ派の男。ジュリエッタの婚約者

 ロレンツォLorenzo(バス)……ジュリエッタの侍医

 

 ロッシーニと同時代に活躍したニコラ・ヴァッカーイ(Nicola Vaccaj,1790-1848)は、トレンティーノに生まれ、ナポリで晩年のパイジエッロに師事した。最初の歌劇を1815年にナポリで発表し、初期作品がロッシーニの模倣と批判されると6年間オペラの筆を絶ち、《ザディグとアスタルテア(Zadig e Astartea)(ナポリ、1825年)により認められた。続く《ジュリエッタとロメーオ(Giulietta e Romeo)(ミラーノ、1826年)が代表作となった。これはシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』と同じ題材だが、シェイクスピアを原作とせず、台本作家フェリーチェ・ロマーニが種本としたのはニッコロ・アントーニオ・ジンガレッリ作曲の歌劇《ジュリエッタとロメーオ》(1796年1月30日スカラ座初演)のジュゼッペ・マリーア・フォッパ台本と、ルイージ・シェーヴォラの悲劇『ジュリエッタとロメーオ』(1818年ミラーノ刊)であった。

 そもそもこの物語に描かれたヴェローナの二つの勢力の対立と敵味方に分かれた男女の悲劇の原型は、ルネサンスの年代記作者ルイージ・ダ・ポルトの『新たに再発見された高貴な2人の恋人たちの物語Historia novellamente ritrovata di due nobili amanti』(1530年頃刊)に見出せ、これがシェイクスピア作品の原点に位置するとされている。その後ジュリエッタとロメーオの悲恋はさまざまな文学や戯曲により流布、この題材を用いた歌劇も1742年エディンバラで初演されたニッコロ・パスクワーリ作曲のマスク《ロメーオとジュリエッタRomeo e Giulietta》を皮切りに、10種ほど作られていた。

 ヴァッカーイの《ジュリエッタとロメーオ》は1825年10月31日ミラーノのカノッビアーナ劇場で初演され、大成功を収めた。けれども台本作家ロマーニが改作した台本を用いたベッリーニの《カプレーティ家とモンテッキ家》(1830年)に凌駕され、徐々に忘れられた(《ジュリエッタとロメーオ》の一部はロッシーニの発案で《カプレーティとモンテッキ》の楽曲と差し替えられ、慣習化した)

 その後のヴァッカーイ歌劇は《メッシーナの花嫁(La sposa di Messina)(ヴェネツィア、1839年)が2009年に蘇演されている。ヴァッカーイはオペラ作曲家として大成しなかったが、声楽教本『イタリア室内歌唱の実践的メソッド(Metodo pratico di canto italiano per camera)(ロンドン、1833年[1834年刊])の著者として後世に名を残した。

 

あらすじ

【第1幕】

 12世紀のヴェローナ。カプレーティ家のグエルフ派の人々がカペッリオの宮殿に集まり、ギベリン派のモンテッキ家との戦いに備えている。モンテッキ家のロメーオが決闘でカペッリオの息子を殺してしまったのだ。グエルフ派のテバルドは、ロメーオを倒してその褒賞にカペッリオの娘ジュリエッタと結婚したいと望んでいた。

 そこにロメーオがモンテッキ家の使者と偽って現われ、両家の和平をそれぞれの息子と娘の結婚で結ばせようと提案するが、拒否されてしまう。実はロメーオをジュリエッタはすでに愛し合っており、そのことはジュリエッタの侍医ロレンツォだけが知っていた。そしてロレンツォの手引きで再会した二人は、永遠の愛を誓う。

 ジュリエッタの父カペッリオは、その日の夜にテバルドと結婚するようジュリエッタに命じ、結婚式の準備をさせる。そこに乗り込んだロメーオはジュリエッタを連れて逃げようとするが、正体がばれてカプレーティ家の人々に取り囲まれる。そこにロメーオの仲間たちが救出に現れ、騒ぎのなか、ロメーオとテバルドは戦いとなる。

【第2幕】

 テバルドがロメーオに倒されたと知ったカペッリオは、娘に修道院行きを命じる。絶望したジュリエッタは死を望み、ロレンツォに毒薬を求める。だが、ロレンツォは仮死状態になる薬を飲むよう勧め、死んだと思われた彼女をロメーオが墓場に迎えに行くようにする、と提案する。恐れながらもジュリエッタは薬を飲む。カプレーティ家の人々はジュリエッタが死んだと信じ、カペッリオは娘の死を嘆き悲しむ。

 しめやかにジュリエッタの葬儀がなされるが、ロメーオはロレンツォから事情を知らされる前に彼女の死を知る。そして墓場で彼女のなきがらを見たロメーオは絶望し、後を追うべく毒を仰ぐ。目を覚ましたジュリエッタはロメーオを見て喜ぶが、時すでに遅く、毒が回ったロメーオはその場で息を引き取る。そこに現れたロレンツォと父を非難した彼女は、みずから命を絶つ。

 

【楽曲構成】(イラーリア・ナリーチ&ブルーノ・ガンドルフィ編の校訂版による)

 【第1幕】

N. 1 前奏曲と導入曲(合唱、カペッリオ、テバルド、アデーリア、ロレンツォ)

  ─ 導入曲の後のレチタティーヴォ

N. 2 合唱、ロメーオのシェーナとカヴァティーナ(合唱、カペッリオ、ロメーオ、テバルド)

  ─ 導入曲の後のレチタティーヴォ

N. 3 アデーリアのカヴァティーナと合唱(アデーリア、合唱)

N. 4 ロメーオとジュリエッタのシェーナと二重唱(ロメーオ、ジュリエッタ)

  ─ 二重唱の後のレチタティーヴォ

N. 5 シェーナと三重唱(カペッリオ、ジュリエッタ、テバルド)

  ─ 三重唱の後のレチタティーヴォ

N. 6 合唱と第1幕フィナーレ

 【第2幕】

N. 7 導入曲(合唱、アデーリア)

  ─ 導入曲の後のレチタティーヴォ

N. 8 ロレンツォとジュリエッタのシェーナと二重唱(ロレンツォ、ジュリエッタ)

  ─ 二重唱の後のレチタティーヴォ

N. 9 シェーナ、合唱とカペッリオのアリア(合唱、アデーリア、カペッリオ、ロレンツォ)

  ─ アリアの後のレチタティーヴォ

N. 10 シェーナと合唱(ロレンツォ、アデーリア、合唱)

N. 11 ロメーオのシェーナとアリア、ジュリエッタとロメーオの二重唱(ロメーオ、ジュリエッタ)

N. 12 シェーナ、ジュリエッタのアリアと第2幕フィナーレ(ロレンツォ、ジュリエッタ、カペッリオ、合唱)

 

 ── * ── *  ── * ── *  ── * ── *  ── * ──

 

 参考までに、同じロマーニの改作台本を用いたベッリーニ《カプレーティ家とモンテッキ家》のあらすじを次に

 掲げる。 註:ジュリエッタの母アデーリアは登場しない。テバルドはロメーオに殺されず、第2幕にも登場する。

 

第1幕 

第1場(第1景~第3景)

 カプレーティの館の通廊。グエルフィ(教皇派)に属するカプレーティ家当主カペッリオの郎党が集結する。テバルドは彼らに、宿敵モンテッキ家が新たな攻撃準備を進め、その指揮官ロメーオが和平交渉の使者を送ると告げ、一同怒りに震える。モンテッキ家の当主ロメーオはカペッリオの息子を殺してヴェローナを追放され、両家の対立は一触即発の状態にあった。テバルドがロメーオ打倒を誓うと、カペッリオは今夜にも自分の娘ジュリエッタとテバルドの結婚式を挙行しようと考える。ジュリエッタが他の男を愛しているのを知る医師ロレンツォは、心を痛める。

 モンテッキ家の使者を装うロメーオが現れ、当主ロメーオとジュリエッタの結婚による両家の和解を申し出る。だが、カペッリオはジュリエッタがテバルドと婚約したと言って提案を拒否、怒ったロメーオが流血の事態を招くと警告するので、カプレーティの郎党は憤激の声を挙げる。

 

第2場(第4景~第6景)

 カペッリオの館のジュリエッタの小部屋。父にテバルドとの結婚を命じられたジュリエッタは、花嫁衣裳を前に悩み苦しむ。そこにロレンツォが来てロメーオがヴェローナに戻っていると教え、秘密の扉から導き入れる。愛し合う2人は再会を喜ぶが、駆け落ちを求められたジュリエッタは愛と義務の間を揺れ動き、名誉の喪失を怖れる。ロメーオは説得を諦め、秘密の扉から去る。

 

第3場(第7景~第11景)

 カペッリオの館の入口の広間。夜。カプレーティの人々が婚礼祝いに集まる。入れ替わりにグェルフィ党に変装したロメーオが現れ、婚礼を阻止するため大規模な攻撃を行う計画をロレンツォに話す。ロレンツォはそれを止めようとするが、館の外でいさかいが起き、一族の身を案ずるジュリエッタは思いがけずロメーオと再会する。ロメーオは彼女に一緒に逃げるよう促すが果たせず、カペッリオ、テバルド、武装した人々に囲まれてしまう。ジュリエッタが男をかばうのを不審に思う父とテバルド。そこにモンテッキの人々が助けに駆けつけ、変装した男がロメーオと判ってしまう。両派は剣を手に睨み合い、ジュリエッタとロメーオは別れと死を覚悟する。

 

第2幕

第1場(第1景~第4景)

 カペッリオの館の一室。夜の続き。ロメーオの身を案じるジュリエッタのもとにロレンツォが来て、恋人の無事を知らせる。ロレンツォは彼女に、テバルドとの結婚から身を守るため仮死状態になる秘薬を飲むよう勧め、先祖の墓地に埋葬されたら自分とロメーオが目を覚まさせに行くと約束する。ジュリエッタは恐怖にかられるが、父の来る気配に覚悟を決め、薬を飲む。カペッリオから明朝までに結婚準備するよう命じられたジュリエッタは、「わたしはもうすぐ死にます」と言って許しを請う。その言葉を聞き、カペッリオは言い知れぬ不安をおぼえる。

 

第2場(第5景~第7景)

 カペッリオの館の近くの人けのない場所。独りロレンツォを待つロメーオはテバルドと出くわし、2人は「剣を抜け!」と挑みあう。そこに葬列の悲痛な合唱が聞こえ、ジュリエッタの死を知って衝撃を受けた2人は剣を捨て、嘆き悲しむ。

 

第3場(第8景~最終景)

 カプレーティ家の墓所。モンテッキの人々と訪れたロメーオはジュリエッタの墓を開けさせ、なきがらに起きるよう呼びかける。人々が立ち去ると、ロレンツォに会えず秘薬のことを知らなかったロメーオは「天国にぼくを連れて行っておくれ」と言って毒をあおる。すると棺の中でジュリエッタが目を覚まし、「ああ!」とため息をつくのでロメーオは驚く。起き上がったジュリエッタは自分の死が偽りであるのを教え、一緒に逃げましょうと促す。だが時すでに遅く、ロメーオは彼女の腕に抱かれて息を引き取り、ジュリエッタも彼のなきがらの上に崩れ落ちる。カペッリオ、モンテッキとカプレーティ両家の人々が来て、折り重なった2人の遺体を見てすべてを悟る。

 

 

ジンガレッリ:歌劇《ジュリエッタとロメーオ》ハイライト

             『レコード芸術』2021年12月号掲載の拙稿より(水谷彰良) 

 

ステファン・プレヴニャク指揮ヴェルサイユ王室歌劇場管弦楽団、同合唱団

フランコ・ファジョーリ(C-T)アデル・シャルヴェ(Ms)フィリップ・タルボ(T)

録音/収録:2021年3-4月ヴェルサイユ

Chateau de Versailles Spectacles  CVS044 (CD&DVD)

 

 

 1796年6月30日にミラノ・スカラ座で初演された3幕の悲歌劇《ジュリエッタとロメーオ》は、ニッコロ[またはニコラ]・アントーニオ・ジンガレッリ(Niccolò Antonio Zingarelli,1752-1837)の代表作。台本はジュゼッペ・マリーア・フォッパがルイージ・ダ・ポルトの小説を基に人物を6人に集約した。筋書きは広く知られたロメオとジュリエットの物語と大差なく、ヴェローナのエヴェラルド・カペッリオ家で行われる娘ジュリエッタとテオバルドの結婚祝いに現れたロメーオ・モンテッキオが彼女を見て恋に落ち、ジュリエッタも彼に魅せられて結婚式を先延ばしにする。両家の友人ジルベルトは対立を解消すべく彼らを秘密裏に結婚させるが、ロメーオは決闘でテオバルドを殺し、逃亡する。ジルベルトから仮死状態になる薬を与えられたジュリエッタが墓に安置され、ロメーオが絶望して毒を飲むと彼女が息を吹き返し、ロメーオの死を目の当たりにしたジュリエッタは絶望して倒れる。

 

 これは2016年5月にザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭で行われた演奏会形式の蘇演でロメーオを歌ったカウンターテナー、フランコ・ファジョーリを主軸とするハイライト盤で、脇役2人のシーンをカットし、テオバルド役とエヴェラルド役をテノールのフィリップ・タルボが歌い、合唱団も関与するので作品の理解に不足は無い。2021年3月30日~4月3日に録音したCDと4月3日ヴェルサイユ王室歌劇場で収録した字幕無しのDVDをカップリング。音楽は同じでもファジョーリとジュリエッタ役のメッゾソプラノ、アデル・シャルヴェの表情と歌いぶりが素晴らしいので、客席を背後に舞台上にオケと歌手を配した演奏会形式抜粋の映像からご覧いただきたい。

 当盤が「ナポレオンのオペラ」と題されるのは、皇帝ナポレオンが寵愛したカストラートのジローラモ・クレシェンティーニとコントラルトのジュゼッピーナ・グラッシーニが歌うこの歌劇をこよなく愛したから。ナポレオンの戴冠式を描いたダヴィッドの名画の前でファジョーリが歌う第3幕の名曲「愛しい人影よ」を収めたDVDのボーナスもお見逃しなく!