ヴェルディ 椿姫 資料展示 2026

2026年の新国立劇場ヴェルディ《椿姫》再演に合わせて、『椿姫』とヴェルディ関係の資料展示をさせていただくことになりました(4月2日、4日、6日、10日、12日、新国立劇場ホワイエにて)。これは『椿姫』の来場者を対象にした展示です!

 展示品はすべて筆者の個人コレクションで、2000年にパルマの国立ヴェルディ研究所が限定420部で出版した『椿姫、自筆スケッチと草稿集』のヴェルディ自筆スケッチ完全複製、『椿姫』の初演速報、著作権公示、初演批評を掲載した『ミラノ音楽新聞』1853年3月6日号と3月13日号、『椿姫』完本の初版楽譜 (リコルディ社、1855年)、『椿姫』ヴェネツィア再演で大成功したマリア・スペツィアの肖像 (『世界画報』1856年8月9日号)、『椿姫』英国初演のマリエッタ・ピッコロミーニとその舞台図 (『絵入りロンドン新聞』1856年5月31日号)、原作者デュマ・フィスを含む人気作家のカリカチュア (『ル・シャリヴァリ』1867年5月10日号) のほか、『レクイエム・ミサ曲』パリ初演の総稽古で指揮するヴェルディ、『アイーダ』フランス初演の舞台図、1894年パリ・オペラ座の楽屋で撮影されたヴェルディと歌手の写真など、貴重資料を初公開していますので、ここに特設

                 サイトを設置し、展示資料の写真と説明文を掲載します。

   (2026年4月2日開設 水谷彰良)

 

ヴェルディ『椿姫(ラ・トラヴィアータ)』資料展示

 «La traviata» - Exhibition curated by Akira Mizutani

2026年 4月 2日、4日、6日、10日、12日、3日 新国立劇場ホワイエ

展示品と説明文:水谷彰良(日本ロッシーニ協会会長) 

 

展示ケース①② 

展示ケース③④ 

        展示ケース⑤                展示品のリスト(拡大すると読めます)

次に展示品を個別スキャンして説明を付けましたのでご覧ください(額縁を外しています)

 

展示ケース① 『椿姫』のヴェルディ自筆スケッチと総譜の複製

 

①『椿姫、自筆スケッチと草稿集』国立ヴェルディ研究所、パルマ、2000年。限定

   420部の315番。外箱

   La traviata, Schizzi e abbozzi autografi / Autograph Sketches and Drafts, A cura di /

   Edited by Fabrizio Della Seta, L’Istituto Nazionale di Studi Verdiani, Parma, 2000. (No.

   315 of a limited edition of 420)

 

 『椿姫、自筆スケッチと草稿集』の外箱(限定420部の351番。筆者蔵)

 

②「乾杯の歌」を含む第1幕のスケッチと草稿(歌詞無し。『椿姫、自筆のスケッチと草

  稿集』 I、6頁)

  Synopsis sketch and draft for Act 1 (contains a sketch for the Brindisi, without text,

  Autograph Sketches, I: 6 pp)  

 

『椿姫』第1幕のスケッチと草稿6頁の完全複製。「マルゲリータの家の晩餐Cena in casa di Margherita」と題され、3行目「テノールの乾杯 Brindigi del tenore」の下に「乾杯の歌」の旋律が歌詞無しで書かれている。

 

③ 第3曲ヴィオレッタのアリアのカバレッタのためのスケッチほか(歌詞無し。同

  前、III、12頁)

  Sketch without text for the Cabaletta of N.3 Aria Violetta…etc. (Autograph Sketches, III:

  12 pp)  

 

第3曲ヴィオレッタのアリアと第4曲アルフレードのアリアのカバレッタのスケッチ12頁(6~12頁は空白)。冒頭にヴィオレッタのアリアのカバレッタ[花から花へ]の旋律が歌詞無しで書かれている。

 

④『椿姫』自筆総譜の「さようなら、過ぎし日の夢の日々」冒頭頁(同前、プレート

  7)

 La traviata, autograph full score, f.239, the beginning of «Addio del passato» (Autograph

 Sketches, plate 7)

 

『椿姫』ヴェルディ自筆総譜の「さようなら、過ぎし日の夢の日々」冒頭頁(サイズを縮小したカラーファクシミリ。本来の用紙サイズはスケッチと同じ)

 

⑤ ヴィオレッタのアリア冒頭「不思議だわ!」を含むスケッチと草稿(同前、X、4

  頁)

  Synopsis sketch and draft (contains a draft, beginning of the Aria Violetta «È strano»

  (Autograph Sketches, X: 4 pp)  

 

複数の楽曲スケッチと草稿4頁の4頁目。下半分にヴィオレッタのアリアのシェーナ冒頭「不思議だわ! È strano!」が歌詞と共に書かれているが「!」を欠き、譜割りと休符の長さも完成版の冒頭2小節と異なる(自筆総譜⑥、ケース2の初版楽譜⑫と比較されたい)

 

⑥『椿姫』自筆総譜のヴィオレッタのアリア冒頭頁(同前、プレート4)

  La traviata, autograph full score, f.58, the beginning of the Aria Violetta «È strano!»

  (Autograph Sketches, plate 4)

 

『椿姫』ヴェルディ自筆総譜のヴィオレッタのアリア冒頭頁。最初の2小節がスケッチ⑤から変更されている。

⑦ ヴィオレッタのアリアの「ああ、そは彼の人か」を含むスケッチと草稿(同前、

  VIII、8頁)

  Synopsis sketch and draft (contains a draft with text of the Cantabile «Ah forse lui»

  (Autograph Sketches, VIII: 8 pp)

 

複数の楽曲スケッチと草稿8頁の4頁目。ヴィオレッタのアリアの「ああ、そは彼の人か」の歌詞を伴う完全草稿。ピアーヴェの詞に不満をもつヴェルディは台本と異なる歌詞をみずから記し、冒頭部分だけでも台本の「Ah forse è lui che l’anima solinga ne’ tumulti」が「Ah forse lui quest’anima solinga nei tumulti」に変更され、その続きにも詩句の変更がある。初版楽譜⑫は台本どおりに印刷してそのまま流布したが、1996年成立のクリティカル・エディションはヴェルディの詩句を正式採用し、台本の歌詞を併記する形で出版した。

 

展示ケース②  1853年の『ミラノ音楽新聞』と『椿姫』初版楽譜

 ミラノのリコルディ社はジョヴァンニ・リコルディ(Giovanni Ricordi, 1785-1853)が1808年に創業したイタリア

 最大の音楽出版社。ミラノ・スカラ座の保有する全楽譜を1825年に300オーストリア・リラで購入し、以後スカ

 ラ座が上演するすべての作品の版権を自動的に取得する契約を結んだ。『ミラノ音楽新聞 Gazzetta Musicale di

 Milano』はリコルディが1842年創刊した週刊音楽新聞で、革命期の一時的中断を除いて1902年まで継続した。

 

 

⑧『ミラノ音楽新聞』1853年1月23日号のミラノ・スカラ座『リゴレット』上演批

  Gazzetta Musicale di Milano, 23 January 1853. G.Ricordi, Milano. (Il Rigoletto alla Scala)

 

ミラノ・スカラ座における『リゴレット』の上演初日と2日目の批評を掲載した1853年1月23日号。評者は作曲家ライモンド・ブシュロン。豪華な舞台装置やオーケストラの演奏を称賛しつつ、題材の道徳性に関する議論が再燃し、歌手の叫ぶ発声がイタリア声楽芸術の卓越性を損ねたと苦言を呈している。

⑨『ミラノ音楽新聞』1853年3月6日号の『椿姫』初演速報と著作権公示(実際の発行は3月

  7日)

  Gazzetta Musicale di Milano, 6 [7] March 1853. G.Ricordi, Milano. (Notizia recentissima /

  Avviso musicale La Traviata)

 

ヴェネツィアからの電報に基づく『椿姫』初演速報と著作権公示を掲載した1853年3月6日号(同日の初演の結果を待って翌7日に発行)。7日の朝に届いた電報の文面─「ヴェルディ8回カーテンコール、第1幕好評、第2幕と第3幕やや冷遇、リハーサルで予想された不幸な演奏が原因」─を引用し、歌手たちがもっと良く表現することを期待している(著作権公示の翻訳は展示品に添付する)

⑩『ミラノ音楽新聞』1853年3月13日号の『椿姫』初演批評

  Gazzetta Musicale di Milano, 13 March 1853. G.Ricordi, Milano. (La Traviata Verdi)

 

フェニーチェ劇場で行われた『椿姫』の初演結果と批評を掲載した1853年3月13日号。批評に先立つ短文にヴェルディの手紙から「昨夜『椿姫』大失敗。誰のせいなのか…私、それとも歌手?…まるで分らない。時が決めてくれるだろう。話題を変えよう」を引用している。ヴェルディは同月7日付のアンジェロ・マリアーニ宛の手紙でも初日を「大失敗」と書き、8日付のレオン・エスキュディエ宛とヴィンチェンツォ・ルッカルディ宛の手紙に第2夜も「大失敗、決定的な大失敗」と記し、もっと良い歌手を前提に改作すべくリコルディ社に印刷譜の制作と販売差し止めを通告した(観客や批評家の評価とヴェルディにとっての成否は常に異なる)

 

⑪ ヴェルディ『椿姫』完本の初版楽譜(リコルディ社、1855年)

 Verdi, La Traviata, First complete edition of the reduction for voice and piano, Tito

 di Gio. Ricordi, Milano, 1855. 

 

1854年5月のヴェネツィア再演を経てリコルディ社が完成した改訂版『椿姫』完本の初版楽譜(1855年3月刊。プレート番号:25121, 25092-25109)。同社は1859年まで20年間の新作取得に322,700リラを支出したが、うち87%の282,000リラをヴェルディ作品の購入に費やし、その貸し譜と楽譜販売から莫大な収益を得た。

⑫ 『椿姫』初版楽譜のヴィオレッタのアリア冒頭2頁(⑪からのコピー)

  The first two pages of Violetta's aria from the first complete edition of "La Traviata" (Copy from ⑪)

 

展示ケース③  デュマのカリカチュア、著名な歌手と舞台図、パリのヴェルディ

⑬ 風刺画家アンドレ・ジルによる人気作家のカリカチュア(『ル・シャリヴァリ』1867年5月

  10日号)

  Messieurs du Roman par André Gill, Le Charivari, Paris. 10 May 1867. [p.3]  

 

日刊風刺新聞『ル・シャリヴァリ』1867年5月10日号に掲載された小説家14人のカリカチュア。風刺画家アンドレ・ジル(André Gill, 1840-1885)が各作家の姿を誇張して人気順に番号を付し、デュマ父子を1番と2番とする。他は7番のゴンクール兄弟を除いて後世に忘れられたが、当時広く読まれた大衆作家である。

⑭『椿姫』ヴェネツィア再演で大成功したマリア・スペツィアの肖像(『世界画報』1856年

  8月9日号)

  Portrait of Maria Spezia, L'Illustration: journal universel, Paris. 09 August 1856. p.96.

 

1854年5月6日ヴェネツィアのサン・ベネデット劇場で行われた『椿姫』再演を大成功に導いたマリア・スペツィア(Maria Spezia, 1828-1907)の肖像とプロフィールを掲載した週刊新聞『世界画報』1856年8月9日号の該当頁。ヴェルディは26歳ほどの彼女を前提に改訂し、その初版楽譜⑪をリコルディ社から出版した。

⑮『椿姫』英国初演のマリエッタ・ピッコロミーニと舞台図(『絵入りロンドン新聞』1856

  年5月31日号)

  Portrait of Marietta Piccolomini, Scene from "La Traviata", The Illustrated London News,

  London. 31 May 1856. p.588.

1856年5月24日ロンドンのハー・マジェスティーズ劇場の『椿姫』英国初演で熱狂的成功を収めたマリエッタ・ピッコロミーニ(Marietta Piccolomini, 1834-1899)の肖像と舞台図を掲載した週刊新聞『絵入りロンドン新聞(イラストレイテッド・ロンドン・ニュース)』1856年5月31日号。デュマ・フィスの原作劇は1853年ロンドンで上演禁止となったが、オペラは検閲で許可された。スキャンダルを避けるべく、第2幕フィナーレでアルフレードが投げつける財布はヴィオレッタの肖像に変更され、舞台図にもそのシーンが描かれている。

 

⑯『レクイエム・ミサ曲』パリ初演の総稽古で指揮するヴェルディ(『絵入りル・

  モンド』1874年6月20日号)

  Verdi à la répétitions généle du Requiem à l'Opéra-Comique, Le Monde illustré,

  Paris. 20 June 1874. p.381.

週刊新聞『絵入りル・モンド』1874年6月20日号に掲載された、『レクイエム・ミサ曲』の総稽古を指揮するヴェルディ。フランス初演は1874年5月22日ミラノのサン・マルコ教会の世界初演から18日後の6月9日パリのオペラ=コミック座で行われ、ヴェルデ

                  ィが指揮して大成功を収めた。

 

⑰ ロイトリンガー撮影の写真に基づくヴェルディの肖像(『イリュストラシオン』  

  1867年3月23日号)

  Portrait of Giuseppe Verdi, L'Illustration, Paris. 23 March 1867. p.188.

週刊新聞『イリュストラシオン』1867年3月23日号に掲載されたヴェルディの肖像。ドイツ系フランス人の写真家シャルル・ロイトリンガー(Charles Reutlinger, 1816-1888)が撮影した写真を基に木版画家ジュール・ロベール(Jules Robert, 1843-1898)が作成。ヴェルディは前年7月からパリに滞在してフランス・オペラ『ドン・カルロ                 ス』を完成し、3月11日パリ・オペラ座(サル・ル・ペルティエ)で初演した。

 

展示ケース④ 『アイーダ』『ファルスタッフ』『オテロ』のフランス初演と死 

 フランスにおける版権を1845年に得たレオン・エスキュディエ(Léon Escudier, 1821-1881)は『トロヴァトー

 レ』と『椿姫』のフランス語版を作成し、『アイーダ』までの重要歌劇のフランス初演に尽力した。エスキュデ

 ィエの死後はリコルディがフランスでの権利を得て、『オテロ』『ファルスタッフ』のフランス語版を制作した。

 

⑱『アイーダ』フランス初演第4幕末尾の舞台図(『絵入りル・モンド』1876年4月29日号)

  End of Act Four of Verdi’s “Aida” at the Théâtre-Italien. Le Monde Illustré, Paris. 29 April

  1876. p.273.

 

1876年4月22日パリのイタリア劇場(サル・ヴァンタドゥール)でフランス初演された『アイーダ』第4幕の舞台図を第1面に掲げた週刊新聞『絵入りル・モンド』1876年4月29日号。この劇場の経営者でもあるエスキュディエが12万フランを投じて精巧な舞台を設営し、ヴェルディが指揮して大成功を収めた。

⑲『ファルスタッフ』フランス初演に先立つ『ル・ジュルナル・イリュストレ』

  1894年4月15日号

  Portrait of Giuseppe Verdi, Engraving by Fortuné Méaulle, Le Journal illustré, Paris. 15 April

  1894. p.113.

1894年4月18日オペラ=コミック座の『ファルスタッフ』フランス初演に先立って発行された週刊新聞『ル・ジュルナル・イリュストレ』1894年4月15日号。第2面に先週ジェノヴァから到着したヴェルディがオペラ=コミック座を訪れ、以後稽古に出席して歌手たちを精力的に指導していると報じている。これは台本作家ボーイトがポール・ソランジュの協力を得て作成したフランス語版の初演でヴェルディも協力し、熱狂的成功を収めた。肖像はフォルティネ・メオル(Fortu-             né Méaulle, 1843-1916)による木版。 

⑳ 1894年にオペラ座の楽屋で撮影されたヴェルディと歌手モーレルの写真(『ル・テアト

  ル』1901年2月号)

  Verdi in Mr. Maurel's box, at the performance of "Othello", October 12, 1894. Le Théatre,   Paris. February, 1901 (I)

1894年10月12日フランス語版『オテロ』初演の楽屋で撮影されたヴェルディとヤーゴ役ヴィクトル・モーレル(Victor Maurel, 1848-1923)の写真(月刊演劇雑誌『ル・テアトル』1901年2月号)。ヴェルディはバレエ音楽を追加したこのパリ・オペラ座(現ガルニエ宮)初演で熱狂的成功を収め、フランス大統領カジミール・ペリエからレジョン・ドヌール勲章大十字章を授与された。

㉑ ヴェルディの死を報じる『イリュストラシオン』に掲載された肖像画(1901年2月2日号)

   Portrait of Giuseppe Verdi, L'Illustration, Paris. 2 February 1901. p.76.

 

1901年1月27日のヴェルディ死去を報じた週刊新聞『イリュストラシオン』2月2日号に掲載された肖像画。写真家ピエトロ・テンペスティーニが1899年7月に温泉地バーニ・ディ・モンテカティーニで撮影した写真に基づく。全16頁のうち11頁が1月22日に崩御した英国ヴィクトリア女王と新王エドワード7世の図版と記事で占められ、ヴェルディの死に関する報道はこの頁を含めて2頁のみ。

 

 

展示ケース⑤  明治・大正期日本の『椿姫』とヴェルディ作品の受容

 ㉒ デュマ・フィス『椿姫』(長田秋濤訳。1903[明治36]年5月、早稲田大学出版部)

 ㉓ 柴田環『世界のオペラ』と『椿姫』紹介の冒頭頁(1912[明治45]年、共益商社書店)

 ㉔『椿姫』を本格日本初演した第1回露國大歌劇のプログラム

   注:展示は1919[大正8]年9月21日『トスカ』/24日『カヴァレリア・ルスティカーナ』『道化師』のプログラム。

 ㉕ 第2回露國大歌劇による『トロヴァトーレ』日本初演のプログラム

   注:展示は第2夜。1921[大正10]年9月25日、帝国劇場。

 ㉖『椿姫』を原語初演した第1回カーピ伊太利大歌劇の『筋書』(1923[大正12]年、帝国劇場)

   注:『椿姫』ではなく、当初予定した『仮面舞踏会』を掲載。

 ㉗『歌劇リゴレット』(「女ごころ」セノオ音楽出版社、1916[大正5]年8月5日発行)

 ㉘『歌劇リゴレット』(「クエスタ・オ・クエラ」セノオ音楽出版社、1924[大正13]年10月28日発行)

 ㉙ 歌劇『椿姫』の歌(「愛の力」愛音會出版部、1918[大正7]年1月28日発行)

 ㉚『椿姫(後編)』(川口章吾編曲ハーモニカ楽譜。共益商社書店、1925[大正14]年9月14日発行)

   注:ヴィオレッタのアリアのカバレッタ「花から花へ」を編曲した数字譜。    

               

 日本における『椿姫』の受容は1884[明治17]年のデュマ・フィス原作の新聞連載から始まったが、全訳の単行

 本は加藤紫芳訳の亜歴山戌馬男 (アレキサンダー・デュマ) 『椿の花把(つばきのはなたば)(1889[明治22]年6

 春陽堂)が最初である。

 

㉒ 長田秋濤訳のデュマ・フィス『椿姫』(1903[明治36]年5月、早稲田大学出版部。外表紙のタイトルのみ『つばき

 姫』)。フランス語から全訳された最初の単行本で、以後『椿姫』が題名の定訳となった。

㉓ 柴田環『世界のオペラ』(1912[明治45]年、共益商社書店)と「ウェルデー作曲『ラ、トラビアタ』」冒頭2頁

 のコピー。柴田環は後の三浦環。これがヴェルディの歌劇『椿姫』の書籍における最初の紹介となる。

㉔ 歌劇『椿姫』を本格初演した1919[大正8]年来日の第1回露國大歌劇プログラム。日本初演はローシーオペラ 

 が1918[大正7]年2月2日赤坂ローヤル館で行った日本語訳の『椿姫(トゥラヸアタ)』だが、小編成の伴奏であ

 ることから本格初演は露國大歌劇による1919年9月2日の帝国劇場となる(ロシア語上演)  

㉕ 第2回露國大歌劇による『トロヴァトーレ』日本初演のプログラム。展示は1921[大正10]年9月5日の神戸衆楽

 館に続いて9月25日に帝国劇場で行われた第2夜のプログラム(ロシア語上演)

㉗ 堀内敬三訳「女ごころ」の楽譜(『歌劇リゴレット』セノオ音楽出版社、1916[大正5]年8月5日発行)。日本におけ

 る最初のヴェルディ楽譜出版がこれで、セノオ楽譜は竹久夢二が表紙絵を描いた「あゝそはかの人か 」(大正6年

 7月初版)でも人気を博した。

㉘『リゴレット』第1幕でマントヴァ公爵が歌うバッラータ「あれかこれか」の楽譜(堀内敬三訳詞。セノオ音楽出

 版社、1924[大正13]年10月28日発行)。㉗と同様に表紙絵の作者は不明だが、人物を魅力的に描いてインパクト

 がある。

㉙ 前記ローシーオペラが大正7年に行った日本初演のために小松玉巌(小松耕輔の筆名)が翻訳した歌詞を用いて初

 演直前に出版された歌劇『椿姫』の歌(「愛の力」愛音會出版部、1918[大正7]年1月28日発行)。ヴィオレッタの

 アリア「ああ、そは彼の人か」を小松の訳詞「胸のそこ深く」で掲載。

㉚『椿姫(後編)』(川口章吾編曲ハーモニカ楽譜。共益商社書店、1925[大正14]年9月14日発行。ヴィオレッタのアリ

 アのカバレッタ「花から花へ」の数字譜)。「ハーモニカの父」と呼ばれる川口章吾(1892-1974)は多数の楽曲を編

 曲し、前編に当たる第21番『トラビアタ』は大正13年の初版から2年間で13版に及んだ。