ヴェルディ研究(3) 初期のドラマティック・ソプラノ、

《アッティラ》への批判と擁護

 

 この頁には「ヴェルディ研究(3)」として、2020年1月26日にヴェルディ・プロジェクト・ジャパンが「ヴェルディ・オペラ全曲シリーズ Vol.3」と題して上演した《アッティラ》演奏会形式のプログラムに掲載された拙稿「初期のドラマティック・ソプラノ、《アッティラ》への批判と擁護」の元原稿を掲載します。

  「ヴェルディ研究(1)」と「ヴェルディ研究(2)」と共にお読みください。

      (2026年3月31日公開。文責:水谷彰良)

 

 公演の詳細は主催者のサイトをご覧ください → https://www.verdi-project-japan.com/verdi-series28/attila/                                 

 

  初期のドラマティック・ソプラノ、《アッティラ》への

  批判と擁護                         水谷彰良

 

 本日上演されるヴェルディの歌劇《アッティラ》は、出世作《ナブコドノゾル》(3作目の歌劇。1842年3月9日ミラーノのスカラ座初演)から4年後の1846年3月17日にヴェネツィアのフェニーチェ劇場で初演され、荒々しい管弦楽の用法やドラマティックな声楽様式においても《ナブコドノゾル》と共通点が多く、新たな時代を拓こうとしたヴェルディの個性、つまりはそれ以前の作曲家とは異なる音楽と歌唱を生み出そうとする意志が見て取れる。ヴェルディのドラマティック・ソプラノの原点も《ナブコドノゾル》第2幕アビガイッレのシェーナとアリアのカバレッタに見出せ、トリルを連ねてクレシェンドしながらアクート(c’’’)に達して2オクターヴ(+半音)を駆け降りるパッセージに、ベルカントとは異なるダイナミックな歌唱が求められている。[譜例1]

 

            譜例1

 こうした用法は楽譜上ロッシーニと同じでも、役柄、歌詞、劇的状況で表現すべきものは根本的に異なり、アビガイッレのシェーナとカバレッタの様式はベッリーニのデクラメーションに近いものとなっている。現代の歌手はこの曲のカバレッタの反復部に出典不明のヴァリエーションを適用し、末尾をアクートに立ち上げて歌い終えるだけでなく、トリルの歌詞を無視してaのヴォカリーズを適用し、2オクターヴ下降した後に「suppulicar」の語を発音するから楽譜どおりの歌唱は絶無である。そしてこれをffのオーケストラのトゥッティの重奏に抗してドラマティックに歌うには強靭な喉が必要だから、嫌でも「力み、叫ぶ」歌唱に陥らざるを得ない。

 「力み、叫ぶ」歌唱はヴェルディがデビューする前の1830年代末に、ロマン主義の台頭による作劇と歌唱に対する趣味の変化を反映して流行していた。ベルギー人の著名な評論家フランソワ=ジョゼフ・フェティス(1784-1871)はこれをロッシーニ後のイタリア・オペラ衰退の原因と捉え、《ナブコドノゾル》初演1カ月前の1842年2月6日付『ミラーノ音楽新聞Gazzetta Musicale di Milano』で「デクラメーションの様式への過大な嗜好、役者たち(私は彼らをあえて歌手と呼ばぬ)の叫び声、騒々しい管弦楽がイタリア人たちに必要になった。彼らはもはや、この形式でしか劇的な音楽を理解していない」と批判した。そして「自然で力まない声の出し方、柔軟な歌唱法、区節とアクセントにおける完璧な発音」「情緒、グラデーションと装飾における優美さ」──つまりはロッシーニまでの歴史的ベルカントの特質──を歌の理想とするフェティスは、「声楽の凋落がベッリーニから始まり、ヴェルディがその到達点である」と非難したのだった(『イタリア・ムジカーレ(L’Italia musicale)』1850年9月28日付)[註]

 ヴェルディも早くからそうした批判のあることを理解していたが(カンマラーノ宛の手紙、1844年2月23日付)、自分のスタイルを変えるつもりはなかった。それゆえアビガイッレに示されたドラマティック・ソプラノの用法は《アッティラ》プロローグのオダベッラのシェーナ[譜例2]やカバレッタのパッセージ[譜例3]に引き継がれ、カヴァティーナの凝ったカデンツァも「ah!」のヴォカリーズでありながら、ドラマティックな発声で正確に歌うのは困難である。[譜例4]

 

             譜例2

       

                譜例3

 

             譜例4

 《アッティラ》の初演は大成功を収め、『ヴェネツィア特権新聞Gazzetta Privilegiata di Venezia』の評者トンマーゾ・ロカテッリはプロローグを称賛し、中でもオダベッラのカヴァティーナとそれを歌ったゾフィー・レーヴェ(1815-1866)を称えている。続くアッティラとエツィオの二重唱には “ヴェルディ節” というべき力強く表現豊かな音楽とともに、「世界はあなたのものだがイタリアは私に任せてほしい」とイタリア人の愛国的心情に訴えかける部分もあるが、初期の上演では注目されず、多くの批評はプロローグ第6景冒頭の荒々しい管弦楽の嵐から徐々に夜が明ける様子を描写した音楽を絶賛し、前年ミラーノのイタリア初演で大成功を収めたフェリシアン・ダヴィッドのオード=サンフォニー《砂漠》の影響も指摘されている。

 ベルカント歌手の払底とヴェルディ作品の人気を背景にイタリアで叫ぶ歌唱への批判が影をひそめたのに対し、高額の報酬でイタリアから卓越した歌手をリクルートしてロッシーニの名声を長く保ったパリやロンドンには、叫ぶ歌唱を非難する知識人、作曲家、批評家が数多くいた。次にヴェルディ作品の英国初演批評から、さまざまな意見を拾い上げてみよう。

 英国におけるヴェルディ上演は1845年3月の《エルナーニ》に始まり、1846年3月には《ニーノ》と改題された《ナブコドノゾル》と《第一次十字軍のロンバルディーア人》、1847年4月《二人のフォスカリ》、7月《群盗》(世界初演)と相次いで行われ、ロンドンはイタリア以外で最初にヴェルディのオペラを歓迎した都市となっていた。導入に貢献したのが、コヴェント・ガーデンのイタリア歌劇場に対抗してハー・マジェスティーズ[女王陛下]劇場を運営した興行師ベンジャミン・ラムレー(1811-1875)である。1845年パリの《ナブコドノゾル》フランス初演を観劇して感銘を受けた彼は、ヴェルディ作品の英国初演に情熱を注ぐとともに、イタリアにヴェルディを訪ねてロンドン初演のための新作を求めた。そして紆余曲折あって実現したのが、“スウェーデンのナイチンゲール” ジェニー・リンド[ヨハンナ・マリア・リント]をヒロインとする《群盗》であり、その初演は熱狂的成功を収めた。これを受けて翌年のシーズン目玉に《アッティラ》の英国初演を決めたラムレーは、イタリアでオダベッラを歌って高い評価を受けるソフィア・クルヴェッリ(1826-1907)を起用するとともに、ジェニー・リンドを再招聘して《連隊の娘》《ランメルモールのルチーア》《愛の妙薬》その他を主演させ、同時にエウジェニア・タドリーニの主演で《シャモニーのリンダ》と《ドン・パスクワーレ》を舞台に乗せるなど理想的な上演を目指した。

 だが、これに先立ちロンドンのジャーナリズムは、ヴェルディ作品に対する批判と称賛に割れていた。とりわけ1846年の《ナブコドノゾル》英国初演をきっかけにこれが顕著になり、高名な批評家ヘンリー・チョーリーはヴェルディの極度に情熱的な音楽が「効果を強制」し、「歌手を最も危険な状況に追い込む」と批判し、《第一次十字軍のロンバルディーア人》の初演批評ではより具体的に、オフィクレイド、ピッコロ、ハープその他を雑多に用いる騒々しいオーケストレーション、旋律の貧弱さ、歌手のパートとユニゾンで楽器に奏させる手法を重大な欠陥とした(『アセニアム(The Athenaeum)』1846年3月7日付と5月16日付)。これに対し『タイムズThe Times』の初演批評は《ナブコドノゾル》を高く評価し、「美しい」「注目すべき」の形容詞を多用してドラマの斬新さ、管弦楽と合唱の効果を称え、ジューリア・グリージがジゼルダを歌った《第一次十字軍のロンバルディーア人》では作品と演奏の双方を絶賛した(3月4日付と5月13日付)。『絵入りロンドン新聞The Illustrated London News』の評者も、両作品のドラマティックな情熱、登場人物の声と劇的な扱いにヴェルディの個性を認め、そのすべてがオペラの進歩を示すものとしている(3月14日付と5月16日付)

 1848年3月14日に行われた《アッティラ》英国初演では、前月再演された《エルナーニ》をヴェルディ最高のオペラと褒めたチョーリーが、騒々しい音楽、旋律に新味と愛らしさの無い点を批判し、唯一称賛に値するのはプロローグの嵐と夜明けの音楽だけとした(『アセニアム』3月18日付)。『音楽世界The Musical World』の評者はより手厳しく、《アッティラ》をこれまで英国の聴衆に与えられたヴェルディ作品の中で「最悪」と断じ、唯一のメリットは演奏時間が短いこと、と皮肉を込めて記した(3月18日付。確かに前奏曲、プロローグと3幕で約100分は異例に短い)。正反対なのが『絵入りロンドン新聞』の評者で、「この作曲家[ヴェルディ]の様式の壮大さは、彼が選んだ主題の野性的で野蛮、非常にドラマティックな性格に適している。とりわけ主役を演じた[アッティラ役の]ベッレッティと[オダベッラ役の]クルベッリはそれぞれの役に見事に合致し、パフォーマンスに最大の効果をもたらした」と称賛している(4月8日付)

 興味深いのは、その間に別種の批判が現れたことである。4月1日付『音楽世界』がそれで、《ニーノ[ナブコドノゾル]》の再演でアビガイッレを歌ったルイージャ・アッバディーア(《一日だけの王様》ジュリエッタ役の創唱歌手でもある)に関して、かつて素晴らしい声を授かった彼女は、嵐のような効果を好むヴェルディの “新たな流派” の祭壇に自分の声を犠牲として捧げねばならなかったとした。そしてオダベッラを歌ったクルベッリを次の犠牲者に想定し、「どれほど多くの新鮮で美しい声が、あなた[ヴェルディ]の大言壮語の車輪で壊され、金切り声のせいで全滅させられることか」と記し、同じ日の『アセニアム』にも同様の論調が掲載された。

 こうした批判に対し、ヴェルディを “新たな流派” として擁護する者も現れた。J・ ド・クレルヴィルがそれで、「オペラの音楽が明らかに衰退と退化の兆候を見せ始め、華麗なものから妙に感傷的で覇気のないものになるなか、活力を与えるべく望まれたのが、より力強く健康的な音楽である」「ヴェルディはシリアスで劇的な音楽に、精神とエネルギーを注ぎ込んだ」と称賛した(『音楽世界』4月29日付)。けれどもクレルヴィルの主張は同時に、「歌唱の流派は完全に変わった。モーツァルトのエレガントで穏やかな純真さは彼ら[新たな流派]にとって死んだ文学であり、ロッシーニの魅力的な発声はその手段を超えて、アッポッジャトゥーラが、カデンツァが、モルデンテが不必要なものとして捨てられたのだ。デリカシーと繊細さは、活力と力強さのために放棄された」(同前)との過激な前提に立っていた。これに反発したのがデズモンド・ライアンで、一週間後のコラムで「ロッシーニの名にヴェルディを並記するのは音楽への冒涜に等しい」とクレルヴィルを批判した(『音楽世界』5月6日付)。シーズン終了後に現れた『タイムズ』の批評は歌手たちの功績を称え、《ナブコドノゾル》と《エルナーニ》が英国で永続的地位を獲得したとする一方、《アッティラ》は「一般の聴衆を魅了する旋律と技術面の鑑定家を満足させる科学を欠き」、この作品がヴェルディ自身のモデルを踏襲して作られたため「最初の驚きが繰り返しによって効果を失くした」と総括したのだった(8月7日付)

 

 以上が《アッティラ》英国初演をめぐって起きた批判、称賛と擁護の要点である。このオペラは2001年11月3日と4日にびわ湖ホールで日本初演され、2005年のフェニーチェ劇場来日公演でも上演されたが、2012年に成立した批判校訂版を用いる演奏は今回が日本初となる。それゆえ本日列席する皆さんは、ヴェネツィアやロンドンの初演に接した批評家や聴衆と同じようにこの作品の真実にふれることだろう。そしてこの演奏が批判校訂版で明らかになった原譜やヴェルディの指示を尊重し、恣意的なカットや付加なしに行われば、前記チョーリーが欠陥と見なした歌の旋律と楽器のユニゾンの多さ、叫びを誘発する声楽書法、粗野で騒々しいと管弦楽法が、より明瞭に聴き取れるに違いない。それでもクレルヴィルのように、「力強く健康的な音楽」「シリアスで劇的な音楽に注入された精神とエネルギー」に感銘を受ける人も多いだろう。いずれにしても重要なのは、「愛国的オペラ」「苦役の時代の産物」といった後世の一面的な見方やレッテル、20世紀の“黄金時代”の歌手の声と歌の解釈をいったん捨て、まっさらな状態でこの作品と向き合うことである。

 

[註]以下、本稿における新聞批評等の引用は、Guido Salvetti, «Ho detto male di... Verdi». Saggio di ricezione negative (Rivista

   Italiana di Musicologia, No.48., LIM, 2013. pp.105-141)、全集版《アッティラ》の序文、Massimo Zicari, Verdi in Victorian

   London, Open Book Publishers, 2016.から抽出する。

    (みずたに あきら 音楽・オペラ研究家)